「日本に来てくれてありがとう」                                        清水千弘

 卒業を控えた四年生を対象とした最後のゼミの日のことである。それぞれの学生に対して,自分の思いを話していたときに,ふと留学生の子に対して,「日本に来てくれてありがとう」といった気持ちがこみ上げてきた。そして,お礼の気持ちを伝えた。私のゼミには,中国,ベトナム,パキスタンからの留学生がいる。そして,大学院で初めて指導した学生は,中国からの留学生である。そして,それぞれが卒業をしようとしているのである。留学生を指導することは,日本人に指導するよりも何倍ものエネルギーが必要とされる。修士論文の指導は正月返上で行ったが,内容の指導だけでなく,日本語の修正も含めて,大変な労力が必要であった。それでは,なぜ,「ありがとう」という気持ちがこみ上げてきたのであろうか。その伏線は,年末の政府の会議にあったと思う。
 今,新しい政権下で,日本が有する環境技術をアジアの国に対して発信していくというプロジェクトの座長を拝命している。その会議が年末に行われたが,事務局から日本のアジアにおける経済的優位性や日本の環境技術の先進性を説明されるほどに,あまのじゃくである私は,ふとこんな質問をした。「この経済的優位性と環境技術の先進性はいつまで維持できるのでしょうか」と。今年,日本はGDPで中国に抜かれ,アジア第二位の国となる。一位と二位では,大きな差がある。初めてアジアを対象にビジネスをしようとしたときに,どこを訪問しようかと考えた時に,第一位の国に行くということは自然であろう。そして,日本が持つ技術的優位性も,どんどん中国・韓国に追いつかれ,一部の分野では抜かれているのである。日本の魅力とはいったい何であるのか,日本が世界に発信できるものは何があるのかと,年末から年始にかけて考えさせられたのである。
 昨年は,海外で三ヶ月を過ごしたが,米国でも英国でも,中国や韓国のニュースを聞いても,日本のニュースを聞くことはほとんどない。鳩山政権が誕生した時には英国にいたが,そのニュースは,BBCでもわずか一分にも満たないニュースとして扱われた。海外の著名の大学に訪問しても,日本人に会うことは少ない。東大からでも著名な大学の大学院に合格できなくなり,中国・韓国・インドの学生でアジア枠が埋まってしまっていると聞く。英国のケンブリッジ大学や米国のプリンストン大学を訪問した時には,実感したことである。世界の中で,日本の位置づけはどんどん低下してきているのである。
 そのような中で,留学生としてきてくれた子たちは,日本を選択し,そして麗澤大学を選び,私の研究室に来てくれたのである。そのような子たちに対して,私は何ができたのであろうか。「ありがとう」という気持ちとともに,申し訳ないという気持ちもわずかながらに残る。
 我々が覚悟しなければならないことは,いつまでも留学生の子たちが,日本を選んでくれるわけではないということである。日本の魅力が持続されなければ,我々の知的優位性が持続できなければ,今,日本を選んでくれている学生たちは,日本をスキップして違う国に行ってしまうのである。研究者として,いつまでも自分を選んでもらえるように,一層,研究と教育に力を入れていかなければならないものと強く感じた。そして,今年も,できる限り海外でよい研究の発表をし,存在感を示していきたい。

(2010年2月12日)