不動産の流動性リスク・非流動性プレミアム

                                              清水千弘
日本大学スポーツ科学部教授・マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員

リーマンショックの直後に,英国のブライトンで開催された機関投資家が集まる国際会議で,ある著名なファンドマネジャーが,次のことを言った。「リーマンショックからの教訓は,不動産投資には,流動性リスクと併せて,鑑定評価リスクと選別のリスクがあるということだ」と。鑑定評価リスクとは,米国で代表的な不動産投資のベンチマーク指数であるNCRIEF指数が,経済危機後でも上昇を続けたことから,年金投資家が集まる機関が公表する指数ですら,鑑定評価指標であるがゆえに市場を適切にミラーできなかったことでベンチマークとしての機能を果たせなかったことを指摘した。
選別リスクとは,国際投資におけるファンドマネジャーセレクションの困難さを指摘した。ニューヨークのマンハッタンの住宅だから,またはロンドンのシティのオフィスだからとかといった単位で投資判断するのではなく,それぞれの地域の物件単位で選別していくことの重要性を指摘した。
ここに,教科書でもしばしば書かれている流動性リスクが加わる。流動性リスクとは,経済的なショックが加わったときに,それを売却したいと思っても,その売却の出口を失うことである。しかし,教科書的に考えれば,リスクの裏側には必ずリターンがある。つまり,非流動性のリスクが存在するということはその対価としてのプレミアムが存在しないといけない。それでは,そのプレミアムはどのように生まれるのであろうか。
不動産投資の非流動性プレミアムは,不動産市場の契約から生成される。不動産の家賃市場では,契約によって収益の硬直性が生まれている。不動産の収益の中心は家賃収入であるが,経済的なショックが加わってもその家賃は契約期間においては変化しない。筆者らの研究において,同一テナントでの家賃の更新契約では大きな変化が生まれることは少なく,テナントが入れ替わる確率も欧米よりも低いことが明らかになった。つまり,契約期間は2年と欧米よりも短いが,実質的な契約期間はそれよりも長く,かつ契約更新時での家賃の粘着性,つまり同一金額で改定される確率は極めて高いことがわかったのである。
その粘着性は,オフィス市場よりも住宅市場や商業施設市場の方が高い。経済的なショックが加わると,企業の収益は大きく低下する。そうすると,家賃と賃金を変化させようとするが,企業と家計との契約である雇用契約において,賃金を大きく低下させることはできない。そうすると,その賃金の25%程度が住宅に支払われるわけであるが,住宅に支払われるお金が減少することは小さい。また,家計からの商業施設で消費される金額が企業収益ほど大きく低下することもない。
不動産投資には流動性リスクがあるものの,不動産市場の契約から非流動性のプレミアムが同時に発生しているのである。