高齢化に伴う供給ショックがもたらす住宅価格の暴落?

清水千弘

日本大学教授・マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員

 

人口減少と高齢化の進展が住宅市場のアセットメルトダウンを起こす可能性は,内外におけるいくつかの先駆的な研究によって実証的にも明らかにされつつある。人口減少・少子化,そして高齢化といった用語から連想されるのは,不動産市場における需要の停滞である。

不動産価格もまた,通常の財やサービスと同様に,需要と供給によって決定される。そうすると,需要が停滞することで,不動産価格が暴落するというのは,常識的にも理解できることであろう。

しかし,筆者らの一連の研究からは,高齢化に伴う供給ショックが住宅価格の下落を推し進めることが明らかになった。現在,急速に進む高齢社会の進展は,相続の増加を意味している。相続登記に関わるビッグデータを分析したところ,人口20万人程度のある地方都市では,月当たり200件の相続登記が発生し,その内,おおよそ40%の住宅の所有者は市域外に居住している。とりわけ数百キロ以上離れる東京や大阪などの大都市に住まうことが多い。つまり,そのような相続による所有権が移転は,潜在的な新規の供給となって大量発生していることを意味する。

東京23区においてですら,相続登記の件数は急激に上昇しているが,10%程度はその後に売却され,そのうち80%近い住宅が相続発生時から1000日以内に売却されている。さらに,その価格は,通常の市場価格よりも低い価格で投げ売りされているのである。

今後,団塊世代といった人口の塊が高齢化することで,社会保障負担を通じて社会に依存し,経済全体を停滞させるというのがマクロ的な意味での住宅市場へのインパクトとして認識されている。その人口の塊の持ち家率は80%を超えることから,彼らが死亡期を迎えると,大量に相続が発生し,投げ売りが起こる可能性が考えられる。

三大都市圏に至っては,市街化区域内農地の問題が追い打ちをかける。1991年の生産緑地法と地方税法の改正によって,1993年には15,113haの生産緑地と30,628haの宅地への転用が可能な宅地化農地が生れた。これらは,2014年までに生産緑地は13,543haと微減し,宅地化農地は12,916haと半分以上減少したものの,依然として大きな宅地供給の塊として控えていることがわかる。これは,宅地の供給制約が不動産バブルを起こしたというバブル期の大きな論争から生まれた制度変更であったが,1993年には,すでにバブルが崩壊していたため,この政策の失敗がその後の不動産市場の長期的な停滞と現在の空き家問題の一因にもなってしまった。

住宅供給戸数に関しては,その供給制限の是非をめぐって議論も展開されている。しかし,その議論の対象は,あくまでも新規着工だけに注目が集まる。しかし,高齢化の進展は,今までわが国が直面したことがない大規模な相続の発生によって,今まで市場に出現してこなかったようなお屋敷なども含めて,一気に既存住宅が市場に供給される。市街地区域内農地と合わせて,土地の大供給時代が訪れたときに,住宅市場では何が起こるのであろうか。