データからの知の発見
(不動産鑑定:住宅新報社所収)
 清水千弘

未だに,統計研究者のなかには,データマイニングを好まない人も多い。筆者もその一人である。データマイニングは万能ではなく,探索的なアプローチは重要ではあるものの,専門家として統計的手法を利用する場合には,検証的な分析が主流であると考えている。データから多くの“知”の発見がもたらされた実績を知りつつも,日常業務やフィールドワークから発見される知見の方がはるかに多く,かつ有効であると考えるためである。
 また,市場の効率性問題とも関係するが,このような方法で発見された“知”は不偏的なものではなく,常に変化している。
 データマイニングが米国で普及し始めた頃に,わが国の多くの企業も導入を試みた。しかし,個人情報の宝庫と思われていた金融機関はもっとも熱心な業態の一つであったが,邦銀は特にデータマイニングを適用できるような情報は蓄積されていなかったのである。これが,日米間における金融機関の力の差となっているという人もいる。そのなかで,数年かけてデータベースを構築したという話も聞く。
 しかし,このように蓄積されるデータベースの構造が常に変化していくといった意味で,データマイニングの限界がある。具体的には,データマイニングは,成功事例と失敗事例の双方を収集していくことが必要である。例えば,住宅のマーケティング情報では,成約に結びついた事例と結びつかなかった事例を収集し,その差を読み解くことで知的な情報抽出を行い,次の商品企画・広告戦略・販売戦略などに生かしていく。また,住宅情報誌などの価格分析では,情報誌を通じて情報発信を行い,成約に結びついた事例とそうでない事例を分析することで原因解明をし,真の市場価格やその他の要因などを抽出していく。仮に,このような情報抽出から得られた知見をもって,その失敗事例を消滅させていくと,データマイニングそのものができなくなってしまう。つまり,一時的には重要な情報であっても,その情報はすぐに陳腐化してしまうのである。そうすると,また失敗事例が増加し,その繰り返しを行うこととなる。
 データマイニングは,消して万能ではなく,その分析過程などで得ることができた情報の方がはるかに有意義な場合が多い。
 このような悩みは,データマイニングなどの市場分析が十分に機能することで初めてぶつかるものである。<BR>
 不動産鑑定士にとって,データマイニングの対象となるのは,「取引価格情報」であろう。ここに集約された情報を紐解くことで,多くの有意義な情報を抽出することが可能となる。
 代表的なものとしては,RRPI(Recruit Residential Price Index)のような価格動向を適切に把握できるインデックスが挙げられる。これもデータマイニングの産物である。さらには,ヘドニックアプローチ等で抽出された価格形成要因に関するパラメータを読み解くことで,消費者の各不動産価格を形成している要因単位での弾性値等を把握できる。ヘドニックアプローチは,顕示選好法のひとつとして位置付けられている(例えば,清水(2000))。そのパラメータを用いることで,新線開通の効果や居住環境の価値などを計測することができる。このような情報抽出は,新しい商品開発にも利用できる。
 また,市場滞留時間などを分析することで,市場の流動性についても計測ができる(例えば,西村・浅見・清水(2002))。
 鑑定士にできて機械にできないことはなんであろうか。逆に不動産鑑定士でないとできないことは何であるのか。
 鑑定業界においても,良質な情報を蓄積できる仕組み作りを行い,データマイニングの対象となるような市場に育つことを祈るものである。