証券化市場における不動産鑑定士に求められる資質
(不動産鑑定:住宅新報社所収)
 清水千弘

昨年上場したあるファンドを立ち上げた主要メンバーの一人であった友人と数年ぶりに飲んだ。彼とは,5年程前にSPC法等の原案もない頃,近い将来,不動産金融市場が登場することを期待して,「不動産投資研究会」や「不動産投資指標研究会」などといった名前の研究会をつくり,夕方,それも都心からかなり離れた南柏なるところにある某大学でいっしょに議論をした仲間である。
 彼が一番に苦労したのは,金融業界から入った彼と不動産業界から来た同僚との間で,同じターミノロジーのもとで話をすることができなかったことだという。言語統一まで半年程度かかったという。
 話を聞くにつれて,これは鑑定業界にも当てはまることではないかと感じた。6年程前に,筆者もある会社のある研修で,不動産投資のリスクを説明するときに,ボラティリティの説明をした。いわゆる統計用語で言えば,標準偏差であり,変動係数である。そのとき,ある熟練の鑑定士から,「不動産投資のリスクは地震リスクであり,それに付随する地域リスクであって,おまえがいっていることは的違いだ」と。
 10年ほど前に,筆者が金融工学の勉強を始めたのは,統計モデルとしての魅力をもったためであったが,単純な統計用語を特有な言葉で言い表すことがあるため,混乱したことを思い起こす。これって単なる変動係数のことだよねとか,単純な探索的因子分析だよねとか,F検定のことだよねとか,モンテカルロだよなとかといったことが頻繁にあり,統計を多少やっていたことから本質をつかむことは楽だったものの,用語に混乱した。
 不動産市場と金融市場との融合が急速に進むなかで,クライアントである金融機関などの方と共通言語で語れること言うまでもない。そして,その本質をつかむ上でも基礎的な統計知識が必要ではないかと感じた。
 また,企業セミナーの講師などを務めたときに,不動産鑑定事務所と金融機関では明らかに,数理統計知識だけでなく,市場を読み解く力,経済動向の見通し,基礎的なグラウンドに水準格差を感じさせられた(地方の鑑定事務所に所属される鑑定士さんの方が意欲的であることに驚いたが)。
そんななかで,複数の金融機関,外資系企業で不動産関連のアナリストやリサーチャーが不足しているという。私が所属している会社の本業が人材の流動化を含めて,新卒・中途と両方における求人系の情報誌やシステムの提供,子会社を通じての人材紹介などをしているが,鑑定士をはじめとする既存の人材では,マッチングが難しいという。そこで,海外の大学で不動産金融分野に就学している学生や,または職業についている企業人と,人を求めている企業のマッチングを考え始めている。
かつて,日本の不動産市場の不透明性をつくっているのは,「情報の欠如」と「市場分析能力の欠如」と定義したことがあった(清水(2000))。インデックスや市場情報といった情報の欠如だけでなく市場分析能力の欠如が投資資金を呼び込むことの隘路となっていないか。
不動産鑑定士試験は証券アナリストなどと比較して難関であるといわれているが,その原因はどこにあるのか。試験科目・研修制度は「あるべき価格」をつけるものではなく,「Free Market Value:競争力を持った市場価格」,「Fair Value」「Global Market Value:国際基準での価格」を求められる時代にふさわしいものであろうか。